樹海人魚 (ガガガ文庫)

樹海人魚 (ガガガ文庫)

古来から不死性を以って知られ、その肉を食べることで人間に不老不死をもたらすといわれた人魚。それにモチーフを得た、今作品の中には、可憐なものから恐ろしいものまで、多様な人魚たちが登場します。彼ら・彼女らに共通するのは不死性と、それに付随する特殊能力。そしてその人魚たちを操り、悪しき人魚と戦わせる指揮者。主人公、森実ミツオ(もりざね・みつお)は、その指揮者の一人であり、経験の足りない見習いです。幼馴染であり、姉の人魚である菜々を助けるため、出来損ないの烙印を押された人魚、真名川霙(まなかわ・みぞれ)とコンビを組むことになり…というのがこのストーリーの出だしです。その後、霙とミツオが悪しき人魚と戦っていくわけですが、相変わらず詩的ではあるのですが、アリフレロよりそれが控えめになっているためか、まるで同じ名前の違う作家の作品であるかのように仕上がっています。人魚と戦う、とあるように戦闘がメインとなってはいるのですが、謎めいた不死の人魚の正体や目的を暴いていく探偵物的な謎解きもあり、読者をあきさせない展開になっています。ただ、本作でいえる事は、ヒロインである真名川霙が、中村先生らしからぬ筆致で、実に愛らしく(既存の言葉を借りれば萌える)描かれていることでしょうか。いささか浮世離れし、行動も言動も詩的なヒロインが多かった中村先生の著作ですが、本作に至って、風変わりではありますが、受け入れられやすいヒロイン像を築き上げたことは、特筆に価すべきでしょう。彼女とミツオの縁は密接に絡み合っているのですが、そのあたりは実際に読んでいただいたほうが感動が大きいと思いますので、割愛させていただきます。実のところ、件名に書いた言葉も好きなのですが、一番好きなのは、最終ページにある霙の言葉です。あえてそれを書かなかったのは、長い物語の最後に待ち受けている最大の感動を損なわないようにとの、私の配慮であるとご理解いただけると思います。なぜ、そうまでもったいぶっているのか、というのは読んでいただければ、共感していただけると確信しております。最後に、中村先生は、ガガガ文庫において新しい境地を開いたのではないでしょうか。もしくは、編集氏のお力か(笑)?