:「ゲシュプロテア戦記」(12話)

製作者   :philoさん
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物語で似た境遇の人やモノ、事件を用意して比較したり、対照的に描写したりすることで、
ストーリーや人間関係が分かり易くなったり、その関係性が奥深くなったりする事があります。
今回は、三組の父娘が出てきました。御三家の一角、ラグラン家のカトライアと初出の父親デイミアン。
新たな人生を歩み始めたドイルとエミリー。
父親の仇をとるため特務戦隊に身を寄せる伊丹多恵。そして、亡き父の靖兵衛。
カトライアとデイミアンの関係はなかなか驚愕の物でしたが、
マカリア帝国の退廃と斜陽の象徴として非常に興味深いものでした。
この人達を見ていると、多分、マカリア帝国が滅びてもカトライアくらいの代までは、
どこかの国家に迎えられて相応の待遇を得て贅沢に暮らせそうな感じはします(笑)。
この場合、マカリア再興という名目で、マカリアの領土を得ようという国家と誼を結ぶ必要があるでしょうが。
そういう国があったとして、交渉して有利な立場をもぎ取るくらいやりそうです。
ドイルとエミリーはこれまでの苦難を考えれば、
太陽が再びほほえみかけてくれるようになった親子といっていいでしょう。
多恵と靖兵衛は、靖兵衛が無惨な死を遂げているので、
それを考えると不幸具合が非常に高いのかもしれません。


多恵の仇討ちの話になってくるわけですが、仇討ちというのはストーリーによって肯定されたり否定される事があり、
その違いを眺めて見ると面白いストーリーの素材であるといえます。
まず、仇討ちはいけないというスタンス、仇討ちをするべきとういうスタンス、
仇討ちの相手が前非を悔いて真人間になってしまっていた場合。
仇討ちの相手が更なる私服を肥やしており殺しても良心が痛まない場合。
時代劇で仇討ちを奨励していた時期と、それを上様や黄門様が押しとどめて罪に服させる時期と、
世情の移り変わりを比較すると面白い事になりそうな気がしますが(笑)。
近年でパッと思いつくのは、ヨルムンガンドのバルメの仇討ちです。
この場合は仇討ちを否定はされていません。対象になる少将はいまも駄目な人でした。
ただし、少将は軍人であり、バルメも軍人であり、軍務であるということです。
バルメ自身も多くの人を殺しているでしょうから。
少将を討ち果たし、バルメは少将の部下のカレン・ロウに撃たれ、カレンはヨナに撃たれます。
復讐を肯定的に描きつつ、きちんとその虚しさを表現しているので、
近年の仇討ちストーリーとしては非常にクオリティの高いものだといっていいでしょう。
今回のストーリーでは、多恵が父親の仇であるハドリーを討ち果たし、
内心の叫びを見せることで、彼女が一歩前へ進む事ができる。
そんな終わり方だったのですが、更なる仇であるバスカヴィルたちが動くという一報が入り、
事態が混迷の度合いを色濃くしてゆきます。


バスカヴィル自体はあまり怖くないタイプなので、
バードがバスカヴィルの動きの裏に潜んでたら死者がでるかもしれないと思っていますが。
シュレンジャー達は気にしていないドイルの動向も、実際に顔を合わせた場合、
バスカヴィルがドイルを生かしておこうとは思わないでしょうし、その辺りも気になります。
もしも、ここでバスカヴィルを倒せれば、強力な一撃を打ち込めるわけですがどうなることでしょう。
それでは色々な展開を思考実験できそうなので、次回の更新を楽しみにしております。