この戦法は…メルカッツ提督…。よろしい、本懐である

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト。彼は銀河帝国の下級貴族の家に生まれ、食うために軍人になったと豪語している。実際、「俺はカイザー・ラインハルト陛下にも劣らぬ貧乏貴族の出で…」と、死の直前に述懐しているように─ラインハルト自身が平民以下の生活をしていた─極めて厳しい生活環境で生まれ育ったことが推測される。帝国では権力闘争の他にも、身内から共和主義者が出た場合その縁者も罰せられるため、そのとばっちりを受けたのかもしれない。そんな環境でそだったファーレンハイトが、提督としての実力も在った上で、自身の力のみを信じるようになっていったのも、自然なことであるといえる。

ファーレンハイトは帝国を二分する戦いの折りに、貴族連合に組みしたが、アスターテ会戦で彼の力量を知っていたラインハルトによって、敵対した陣営へ招かれる。後年、同僚であるメックリンガーの手記に、「忠誠心と卑屈さとの区別を厳然とわきまえていたことを特筆すべきだろう。(中略)彼はリップシュタット戦役で善戦して敗れた後、捕虜となったが、その態度は真に堂々としていた」とあるように、自身の命運を左右するような事態でも、冷静…というよりは剛胆に運命を選び取っていった。

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督は、彼とアスターテで肩を並べ、後に貴族連合で供に戦った戦友であり、自身の力量に自信を持っていた勇将ファーレンハイトも、老巧なメルカッツには一目も二目も置いていた感ががある。貴族連合からラインハルト陣営へ移り、新銀河帝国の建国の功将として歴史に名が残ったファーレンハイトと、帝国から同盟へ亡命し、ヤン・ウェンリーとともに戦い、民主主義のささやかな芽を残す為に命を落とした、専制主義国家の軍人であるメルカッツ。
信ずる旗を変えて来たという点では共通する二人であるが、それゆえにかファーレンハイトの最後の戦いはメルカッツ提督と矛を交えることになる。回廊の戦いで同僚ビッテンフェルトの猪突を利用された上で、ヤン・ウェンリーに戦端を開かされた彼は、まんまとヤンの罠に填められてしまう。起死回生を探る中、回廊の危険宙域までファーレンハイトを追いつめた敵の戦法─戦艦主砲斉射ののちに、艦載機による近接戦闘─を見るやいなや、それだけで彼は敵将が誰であるか気づいてしまう。

「この戦法は…メルカッツ提督…。よろしい、本懐である」

この後、ファーレンハイトの旗艦アースグリムは最後まで味方の撤退を援護しながら踏みとどまり、23:15分。エネルギー中和磁場を突破した、敵艦隊の火力による一撃によって撃沈してしまう。
「何人も無能な上官や盟主にめぐりあったが、最後にこの上なく偉大な皇帝につかえることができた。けっこう幸運な人生と言うべきだろう。順番が逆だったら目もあてられぬ…」
死に瀕したファーレンハイトが発した言葉の一つだが、この無能な上官とは旧銀河帝国軍の高官たちであろうし、盟主はブラウンシュヴァイク公を指し示していると思われる。ファーレンハイトの独白からは、皇帝に使える以前、唯一尊敬できた上官が、メルカッツ提督だったのではないか…という推測が成り立つ。実際、やや不遜な所のあるファーレンハイトが、実に素直な態度をとっていたのは、皇帝ラインハルトとメルカッツ提督の二人だけである。

歴史年表から見れば明らかにファーレンハイトの方が、皇帝の功臣として光輝に満ちた生涯を送ったようにも思える。ただ、メルカッツとの優劣について問われたとしたら、「メルカッツ提督と自分は信じたものが違っただけ。優劣を論じるのは意味をもたぬ」などとファーレンハイトに一喝されるのが関の山であろう。

「機動性に富んだ速攻の用兵をもっとも得意とし、迎撃戦にはやや粘りを欠く」
と彼の戦術指揮能力を評した文章があるが、まさしく最後の戦いにおいて、そのように戦い、不得手な迎撃戦において押し切られ、敗北することとなったわけである。筆者は彼の用兵が爽快で好きだったのだが、出番の少なさ故かファーレンハイトはあまり活躍には恵まれなかった。しかし、地味ではあるがここぞという出番を与えられたり、最後の最後でメルカッツ提督との因縁の対決が用意されていたり、充分とはいえないもののある程度の満足は得られている。ただ、もう少し、出番があれば…と悔やまれてならない。


不定期銀英伝人物評−アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト
享年35歳
最終階級:銀河帝国軍上級大将(死後、元帥に叙せられる)
旗艦:アースグリム CV.速水奨


気が向いたらお気に入りのキャラについてちょっと思うことを書くことがあります。ただ、記憶に頼って書いているので、原典の物語と照らし合わせた上で、事実と異なる箇所があったら遠慮なく指摘してやって下さい。まあ、意図的にやってる事もあるのですが…(笑)。